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OKサトウタナカ

その時々の興味あることを節操なく書き綴っていきます。

西荻窪は寂れてない

 先日、ある不動産屋さんと話をしていたら、実はJR中央線の中野から吉祥寺、さらに西武新宿線高田馬場から上石神井あたりまでやたら詳しいことがわかった。昔、あの一帯の不動産を取引していたので、住所を言えば、地価がどのくらいとか、あそこの店はおいしいなどポンポンと町の情報が出てくる。さすがはプロだと感心してしまった。

 ここ最近、西荻窪駅に用事があって週に2、3回は通っている。前出の不動産屋いわく「西荻窪は以前よりだいぶ寂れちゃったなぁ」とさみしそうな口調で話していた。日が暮れ始めてからの北口近辺しか歩いていないから強くはいえないが、精肉屋が数件あるし、八百屋、ワインバー、路地には小料理屋などがあるし、人の往来も多い。南北に走る大通り沿いを北へ向かって10分歩き、ネパール料理屋のサジロクローブに着いた。お目当てのカレーを食べようとしたら、ディナーにはないことがわかり、来た道を寒い中てくてくと折り返した。行きに気になっていた、「坂本屋」に入った。家族経営で狭い店だが、なんだかおいしそうな香りがしたから。本日の定食「野菜炒め」を頼んだ。タイミングがよかったのか、続々とお客さんが入ってきて、外には数人が並んで待っている。駅から近いのもあるだろうが、地元の人気店なんだろう。野菜炒めは薄味でくどくない。野菜がしゃきしゃきしていて、ご飯がすすむ。この味はそう簡単にだせるものじゃない。ずば抜けておいしいというわけじゃないが、飽きがこない。ていねいに作ってある。地元の人々が並ぶ理由がわかった。

 20年前や30年前の西荻窪の活気を知らないが、寂れてはいないと思う。次回は昼に行ってゆっくりと探索したい。高円寺や阿佐ヶ谷とは違う、独自の時間が流れている。

受験戦争で学んだのは我慢だ。

「ゆとり世代」が職場に来たら読む本

「ゆとり世代」が職場に来たら読む本

 

 この本が店に入ってきた時は、深刻な状況になっていると思った。表紙の新人君は、「あぁおー 聞きたいんだけどぉ 俺、何飲むべきぃ?」と友人か彼女に聞いている。私はこんな新人を見たことないが、自分で決められない人が増えているからいそうな気はする。著者は、ゆとり世代を戦力化するコンサルタントで悩む管理職や人事部へアドバイスを行っている(本のプロフィールより)。人事評価に関わるから「そんなのクビすればいい」とはいかないし、「なんでこんな新人よこした」と部長や課長から人事部にクレームがくるだろうから、コンサルトの依頼が絶えないのだろう。

 今日、レジで店長と話していたら、この話題になった。

ゆとり世代の部下を見て思うことは“我慢”が足りない」

 店長の後輩は、部下を持って日々それを感じているらしい。原因は厳しい受験戦争を体験していないからだと。これは自分にも言えるから頷けないし、耳が痛い。競争に勝つために取捨選択をして、ある期間は我慢して受験勉強にする。受験勉強の弊害からゆとり教育になり、また脱ゆとりに戻ろうとしているいま、これは真理を突いている。受験戦争を勝ち抜いて大学に入り、卒業後は社会人になり15年経った。あの時を振り返ると、知識はもちろんだけど、実は我慢する力を修練したことが最大の収穫だったというのは、実におもしろい。後輩の肩書きは申し分ないので、ビジネス書として出せば売れると思う。だが、現実はさらに混迷している。

  尾崎豊「15の夜」の歌詞に出てくる若者はもう出てこないのだろうか。書店員らしく、本の話題から言葉を拾ってみた。

 

手放す時代のコレクター特集。

 最新号のBRUTUSは、ぱらっとしか読んでないけどなかなか面白そう。段捨離、捨てる技術、クラウドが盛り上がっていて手放すことが当たり前なのに、わざわざその逆をいくコレクターを特集したのが鋭い。パチモン怪獣、ファミコンのゲームなど変態(マニア)がページをめくるごとに出てくる。私はなんでも中途半端なので、いつも途中で投げ出してしまう。ここまで情熱を注ぎこんだことが、コレクションに限らずない。ほんの数年はあったけど、そのあと続いたためしがない。立花隆のインタビューが載っていたが、「捨てることは文化を否定すること」だと強く主張していた。捨てる技術の著者をけちょんけちょんにこき下ろしたことを今でも覚えている。このところパッとしなかったBRUTUSだけど、今回は買ってみよう。で、読んでみる。

(屠畜は)普通の仕事と変わらない。むしろ、その肉を食えるあなたがたのほうが不思議。

 ようやく映画「ある精肉店のはなし」を見てきた。大阪府貝塚市東町にある「北出精肉店」を追ったドキュメンタリー。生産直販を謳い、子牛から育て、屠畜、きれいにさばいて卸と小売りで販売している。もちろん被差別部落問題も正面から取り上げているが、誇張はしていない。屠畜は特別な仕事と見る(差別している)人々が、それをおいしいと平気で食べていることが不思議だと、次男は言った。屠畜のシーンが一部始終収められている。しかし、残酷ではなく美しいシーンが連続する。眉間に斧を入れて牛を気絶させてから、枝肉になるまで1時間。家族の息の合った作業と熟練された技術に目を見張った。肉や脂はどこも捨てることなく処理していく。店の近くの屠畜場は統廃合により閉鎖されたので、北出さん一家は生産直販の看板を書き換えなければならない。不要になった牛舎を取り壊した後、どうするのだろう。これを見終ると、精肉店でお肉を買って食べたくなる。お肉はうまいと伝わってくる力を持っている。

うちは精肉店

うちは精肉店

 

 

残された者は去っていった者、人々のですね、想いを受け継ぎながら音楽を続けていかなければならないと思っています。

  ドラマーの青山純さんが亡くなったことについて、山下達郎が自身のラジオ番組で話したのが先週の1月26日。この回は聞き逃したけれど、ご丁寧にテキストをアップしている方がいて、そのサイトを読んで知った。昔はよかった。先代と比べると、いまの若い者は芸がなってない。それは自分史の投影や美化であって、合うか合わないかだけの話とぶった切る。私は、ミュージシャンは積極的に新しい人と組んでほしいと思っている。ツアーごとに変わるのはどうかと思うけど。佐野元春のCOYOTEバンドは、アルバムを2枚出してツアーもして、これからさらに伸びていくだろうから楽しみ。最後は、大瀧詠一特集について。いつやってどのくらいのボリュームにするかは、私が決めること。大瀧さんと私の関係も青山さんの関係も、親子のことを他人に話せないのと同じで、第3者のみなさんには永遠にわからないでしょう。がやがやと勝手にその時の気分でつぶやかないことだな。

山下達郎「サンデーソングブック」(TFM 2014年1月26日放送)内

故・ケネディ大統領にはあった。小泉首相には、まだ、ない。

 都知事選が原発や五輪やら福祉やら話題がてんこ盛り。候補者もハチャメチャ、めちゃくちゃな様相を見せている。タッグを組んだ細川・小泉は両者とも元総理。原発ゼロをひたすら訴える戦略は、じわじわと効いてきているようだ。当選したら東京五輪も辞退してほしんだが。

 小泉がまだ首相だった2002年。米同時多発テロからちょうど1年(9月11日)の日経新聞朝刊に宝島社は全30段の広告を打った。コピーライターは、前田知巳。このところアベノミクスでようやく日本に漂う閉塞感を打破したかのように喧伝されているが、12年前と変わらない。むしろ悪くなっている。故・ケネディ大統領は、アポロ計画をぶち上げて、実際に月へ有人宇宙船を飛ばすことに成功した。小泉首相もこれに倣って、タイムマシン計画をぶち上げて国民に壮大な夢を与え、それにまい進させたらどうでしょうかという手紙形式の意見広告になっている。

 今回の原発ゼロ。「でも動かすんでしょ」と雰囲気が漂っているところに、この都知事選。もう夢は見られないとしても希望の道筋は見せてほしい。原発ゼロは、タイムマシンに取って代わるのに十分値する。この広告の〆は、“今世紀。日本はきっと「希望」と「滅亡」の、追いかけっこになる。”。希望は追いかけてきているのか。滅亡へ向かって一直線になっている気がする。

俺はまだ本気出してないだけ

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

 

 漫画のタイトルは知っていたけど、昨年に映画を見てその内容のリアルさとタイトルのつけ方の巧さに唸ってしまった。ストーリーは、40歳になったサラリーマンが突然、会社を辞めて漫画家を目指すという話。離婚をしているらしく、高校生になる娘と父親と3人暮らし。漫画は読んでないが、映画を見る限り、あくまでデビューに向けてひたすら編集者の指示を参考に漫画を描く姿は純粋そのもの。だが、心配していた幼馴染の親友が感化されたのか、パン屋になると言い出して会社を辞めてしまったシーンは凍りついた。

 映画とはいえ、生き方や働き方のビジネス本、自己啓発本が飛ぶように売れる昨今の様相を見事にフィルムにまとめている。これは、笑えない。来月、35になる自分は一歩間違えば、この状況に陥り、袋小路を彷徨うことになりかねない。amazonで5巻セットが売っているから買わなきゃ。30代以上の人は、一度でいいから映画かコミックスに目を通してほしい。流行りの本よりためになると思う。


『俺はまだ本気出してないだけ』予告編 - YouTube